NPO法人

       木曽三川 千本松原を愛する会


               会の発足にあたって      発起人 川畑哲志終身名誉会長

 本会は江戸時代中期の幕命により、薩摩藩により行われた濃尾平野の「宝暦治水工事」で、幾多の困難を乗り越えて完成させた結果から、私たちは四海同胞、利他の心、温故創新など多くの事を教訓として学びました
 
 その諸々の教訓を会の理念として、貴重な遺訓を具現化 し涵養する事を会の継続的定例的な活動目標にして、平成16年5月12日千本松原実生2世松苗の治水神社境内への移植を機に、ボランティア団体として発足させました。

 更に愛知・岐阜・三重の三県の県境を超えた、所謂、木曽三川下流地域の交流と活性化にも寄与する事であり、木曽三川流域に親しみを持ち、自然環境保全や歴史遺産の保存活動を通じて、地域文化の振興に貢献して行く事としています。

 『宝暦治水』薩摩義士の重要な歴史遺産であり、特に、現存する史蹟”油島千本松原”の美化と保存は、国や岐阜県にとっても、子々孫々まで伝承し啓発する大切な資産であります。

 当該地域に住む者、特に地元の海津市に於いては、掛け替えのない貴重な財産であり資源です。この資源を地域活性化に活用して、報恩感謝を積極的に具現化して行く事が求められています。
 (三重県側の近代治水百年記念碑を含む活動です)

 尚、宗教及び政治的な活動は一切行いません。

千本松原の歴史と会の歩み(赤字部分が当会の歩みになります)
宝暦5年(1755年)   江戸時代中期に幕命によるお手伝い普請として、薩摩藩により成し遂げられた宝暦治水工事で最後の難工事であった油島締切提が完成したのち、故郷薩摩から取り寄せた千本の松を約1kmに亘って植えた松原が「油島千本松締切堤」として現在に残る。
「千本松原とは」をご参照下さい
昭和15年(1940年)7月12日 国史跡として指定され、文化財保護法の対象となる。
昭和29年(1954年)9月14日 岐阜県自然公園に指定される(S31.4.20、H16.9.16とも)
昭和30年代(1955年)   この頃の千本松原は松枯れにより激減していた。このため地元住民によって「宝暦治水史蹟保存会」を組織し維持管理が行われてきた。
  伊勢湾台風で倒木した二本の松「慷慨の松」を象徴として、現存する松の老木は180年超で宝暦治水工事の面影を残す貴重な松であり、若木は保存活動により補植された松である。
昭和62年(1987年)   周辺が木曽三川国定公園として整備されて、主要設備の治水学習館で紹介されるようになり、展望タワー(高さ65m)からは「油島千本松原」や木曽三川が眼下に一望出来て各種イベントと共に来訪者に親しまれるようになる。
平成16年(2004年)5月12日 「木曽三川 千本松原を愛する会」を任意団体として立ち上げる。
平成17年(2005年)4月1日 松原の管理が海津市より河川管理者の国土交通省に返還される。
平成18年(2006年)7月11日 気比の松原視察 林野庁他地元関係団体と情報交換及び懇談
平成18年(2006年)9月30日 現存する最大松守り松(樹齢182年)の伐採式が執り行われた。
平成18年(2006年)11月5日 鹿児島県霧島市誕生一周年記念式典へ二世松苗木贈呈参加
平成19年(2007年)2月24日 「中高年のボランティア活動の実態」について講演 於:岐阜県民ふれあい会館
平成19年(2007年)9月19日 天橋立視察 京都府丹後土木事務所他天橋立関係団体と懇談
平成20年(2001年)3月14日 「団塊世代のボランティア入門」について講演 於:海津市総合福祉会館
平成20年(2008年)6月11日 三保の松原視察 静岡市文化財課文化財担当案内のち懇談
平成21年(2009年)6月29日 御油の松並木視察 豊川市文化財担当他地元関係団体案内のち懇談
平成21年(2009年)7月31日 21年度河川愛護 国交省木曽川下流河川事務所長感謝状を拝受
平成23年(2011年)4月12日 木曽川下流河川事務所と『木曽三川下流アダプト制度合意書』を締結し、それに基づき
活動
平成23年(2011年)7月21日 23年度河川愛護 国土交通省中部整備局長感謝状を拝受
平成24年(2012年)6月2日 第23回「全国みどりの愛護功労者」国土交通省大臣賞を受賞(於:秋田)
平成24年(2012年)7月24日 中将姫一本松植樹 岐阜県輪之内町長より感謝状を拝受
平成24年(2012年)7月24日 中将姫一本松植樹 岐阜県輪之内町本渡区長感謝状を拝受
平成26年(2014年)6月7日 復興を願い千本松原の二世松の苗木2本を釜石市に贈呈
平成28年(2016年)3月18日 より円滑に会の運営を行う事を目的に事務局を設置
平成28年(2016年)12月16日 会の活動を広くご理解して頂く手段としてホームページを開設
平成29年(2017年)2月26日 育苗所で育てた二世松1本を 鹿児島県肝付町の文化センターに贈呈
平成29年(2017年)3月10日 木曽川下流河川事務所にて枯死した松の伐採が行われ、千本松原内で3本の松が伐採される
平成29年(2017年)3月25日 霧島市のしらさぎ橋開通記念に松苗30本を贈呈し、地元の人達と植樹した。
又、霧島市より感謝状を拝受。
平成29年(2017年)4月1日 会の発起人である川畑代表が終身名誉会長に就任し、後任代表に松田事務局が就任
平成29年(2017年)4月4日 育苗所で育てた二世松1本を池田学園池田小学校(鹿児島市)に贈呈。
平成31年(2019年)3月11日 鹿児島県伊佐市立山野小学校、大口中央中学校、菱刈中学校に二世松の苗木各1本贈呈
平成31年(2019年)4月1日 特定非営利活動法人(NPO法人)に認定され、理事長に松田良弘が就任。
副理事長に、宇都宮美信、篠崎博がそれぞれ就任。
令和2年(2020年)2月21日 令和改元を記念して7本の二世松の植樹を行う
令和2年(2020年)5月17日 薩摩川内市の山本實彦顕彰像建立に伴い二世松の苗木5本を「帰り松」として贈呈
「守り松」名称の由来
  本会では、250年の歴史を見てきた千本松原の象徴として、最も太い松から「守り松」「偲び松」「愛し松」「望み松」「育て松」の5本の松を命名し、根回りの手入れや雑木の伐採、つる草の除去などを施して保存に努めてきました。

  それでも残念ながら、最も太い「守り松」と二番目の「育て松」が枯れて伐採され、その後「愛し松」も枯れて伐採された為、残る松のうち最も太い「誓い松」を追加しました。
  今では命名した老木のうち「偲び松」「望み松」「誓い松」の三本だけが残っています。
未来への継承活動として治水神社境内の西側に「育苗所」を設けて採取した種子から二世松を育てています。

  千本松原を散策される方々には、千本松原の貴重な歴史遺産を自然に学ぶ場として、少しでも興味を持って頂けるように個々の松の根元には小さなプロフィールの看板を立てました。何処にあるか探してみて下さい。
  将来にはさらに楽しく学べる場として色々な工夫をして行きたいと考えています。
アダプト制度
  国土交通省木曾川下流河川事務所が提唱する、地域住民との協働活動を目的とした制度で、河川事務所のホームページには下記のように説明されています。

木曾三川下流アダプト(協働管理)制度とは
  「アダプト(Adopt)」とは英語で「養子縁組する」という意味です。
一般にアダプト制度とは、公共施設の管理を行政との契約により、行政と地域住民の皆さんが協働し管理する制度です。
  木曽三川下流アダプトは、河川の美化・清掃活動や、河川環境保全活動、河川愛護活動、河川に関する学習活動等々、河川管理者と地域住民の皆さんが協働で、地域の特徴に合ったより良い木曽三川をめざすものです。

※国土交通省木曽川下流河川事務所のホームページより引用
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